「縁起」を運び こころを整える「いただきます」
普段何げなく使っている「いただきます」の言葉
その中には、動物、植物の命をいただく
感謝の言葉であると
良く言われています。
「いただきます」の語源
「いただきます」の語源は、「もらう」や「食べる」の謙譲語である「いただく」です。
神仏へお供えしたものや、身分の高い人からものを受け取るとき頭の上(頂・いただき)に掲げる動作に由来します。
それと同時に、山の頂上を示す「いただき」とも関係があったとも言われています。
山は昔から、食材や水など様々な恵みをもたらす場所であり
神が宿る神聖な場所として
ずっと守られてきました。
山の神様に感謝し食べる事から「いただきます」という言葉が出来上がったと言われています。
「いただきます」は命をいただく事に対する感謝の時間
今はスーパーに行けばいろいろな食材が揃えられ
切り身の魚、おさしみ、お肉にお惣菜
様々な冷凍食品が並んでいます。
自分の手間をなるべくかけずに
電子レンジでチンすれば
すぐにアツアツのご飯が食べられて
とても便利な時代になりました。
ただ、ついつい簡単に食べられるがゆえに
その食材がどのような運命を辿って
食卓に訪れたのか、わからなくなってしまっています。
私も4人子育てをしながら
座る時間もなく
とにかく食べさせなくは
という時間が多々ありました
食べ物を目の前にして、そこにはどのような命が宿っていたのか
どのようにして食卓に来たのかなんて
考える時間はありませんでした。
でも
子育てを通じ感じてきたものは
想いを伝える
その子が
どんな想いで過ごしているのか
がんばってきたのか
保育園に泣きながら送って生き
仕事を一生懸命にかたずけて
むかえに行った事を思い出します。
私は親に育ててもらった記憶がありません。
ごはんも一緒に食べた記憶がないくらいに
家族の愛に飢えていました
だからこそ、家族の時間、家族の為のごはん大事にしたいと思っています。
1人1人
食材ひとつひとつには
繋がって、出会った意味があります。
食を通じ
自分が大切にしてきた
想いを伝えるのに時間をとるのは、大切な時間ではないでしょうか。
そんな想いの時間を「いただきます」の言葉に置き換え感謝に変えていったら
きっと、毎日の食卓に感謝の心があふれ、優しい包み込む様な時間に変わるのではないでしょうか。
私はずっと
誰かに愛されたいと思っていました
誰かの為に尽くせば
誰かの為に・・・
そうすれば自分が愛されるのかと
思ってしまいました
そんな事を繰り返したら
苦しくなりました
いや自分がわからなくなりました
まずは自分を大切にしようよ
感謝が大事だよ
なんて
言葉は苦しくなりました。
苦しくて
1人ではわからなくなり
殻にこもりました。
殻の中は
とっても楽で
自分の世界だけ
だけど
とっても
淋しくなりました。
苦しい事が
山の様にやってきて
自分ではもう無理!
とやっと感じる様になって
やっと
誰かに聞くことが
できる様になりました。
毎日のごはんを感じられる様になってきました。
学びは自分の不安を
大事に少しずつ決してくれました。
わからない事は
経験した方にきくことで
安心に変わりました。
ゆっくり食べる事で
感謝を感じる様になってきました。
「ご縁」を大切に
普段からよく使う日本語の一つとして、「ご縁」というものがあります。
「良いご縁ですね」とか「またご縁があるといいです」
という言葉がありますが
私も不安になった時のアドバイスや
食材選びなど、こんな食材に出会いたいな
とか
この料理にはこの調味料が
ここのお店のこの料理は最高!
など
いろいろなご縁を大切にしています。
料理を通じ、様々な方に出会い、学び、失敗も数々しましたが
それは、今思うと学びを深めるとても素敵な体験だと感じています。
「ご縁」とは、出会い、機会、関係などを意味する場合がほとんどです。
食べ物から「縁起」を運ぶ
良く「縁起がいい」という言葉がありますが
「縁起」とは辞書で意味を調べると、
縁起は「物事の吉凶の前兆」という文章が最初にくるようになっており、
いわゆる縁起を担ぐとか縁起が悪いという言葉に繋がると解説しています。
簡単に言うと
これは「よい結果がほしければ、よい行いをするべきで、
悪い結果が嫌ならば、悪い行いをやめるべき」という意味があり、
毎日のご飯の時間にも繋がってくることです。
普段、私たちは当然のように人と会い、ご飯を食べ、生活していますが、
実はどれ一つとっても不可思議なことであり、当たり前ではありません。
毎日食べているごはんも
お天気や、水加減、火加減一つとっても
同じものは食べられないのです。
そんな毎日の「当たり前」の時間を
有り難い(めったにない)という感謝の気持ちに変わったら
ただの「縁」ではなく
「縁」を尊ぶために「ご」という敬語を付けて「ご縁」という言葉に変わっていくのです。
そこで
「食べ物に宿る命」と「自分に宿る命」のご縁が繋がりが毎日の「いただきます」
から伝わってくると
「縁起」という物を感じる時間に変わってきます。
毎日のご飯の時間を幸せな、安心できる
「縁起」の時間にできたら嬉しいです。